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七夕ってどんな日?七夕の語源、七夕伝説も紹介します!

文化
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七夕は五節句の一つで笹の節句です。

星祭りとも呼ばれています。

短冊に願いを書いて7月7日の夜、笹の葉につるして星にお祈りをします。

旧暦では8月なので、夜空の星が綺麗に見えたそうです。

 

七夕の語源

6月30日の夏越の大祓(なごしのおおはらえ)では、茅(かや)や藁(わら)を束ねた、直径数メートルの茅の輪(ちのわ)を神前に立てて、それを八の字型に三度くぐり、半年間の穢れを祓い無病息災を祈ります。

くぐると穢れや厄災が茅の輪に移り、清められると言われています。

この夏越の大祓から1週間後の七日盆(なぬかぼん)では、お盆の準備として精霊棚(しょうりょうだな)や幡(はた)が供えられます。

これが七夕(たなばた)の語源と言われています。

 

【解説】
▪️夏越の大祓
6月30日に全国の多くの神社で行われる神事で、1〜6月末までの穢れや罪をお祓いし、前半の半年を無事に過ごせたことに感謝します。

そして残り半年も無事に過ごせるよう願います。

▪️精霊棚
盂蘭盆(うらぼん)の間(旧暦7月13日〜7月16日に行われる仏事で、先祖の冥福を祈ります)、精霊(死者の霊魂)を迎えるために設けた棚。

▪️幡
仏教祭祀で用いられた装飾や目印用の布。

高く掲げて使います。

幡を立てることで財産や幸せに恵まれ、長寿や極楽往生につながると言われています。

 

七夕伝説〜織姫と彦星〜

織女星(しゅくじょせい)は、ベガ(琴座)の漢名、牽牛星(けんぎゅうせい)は、アルタイル(わし座)の漢名で、日本ではそれぞれ織女を織姫、牽牛を彦星と呼んでいます。

この二つの星の間にあるのが天の川ですね。

織女星と牽牛星が一年に一度だけ逢えるのが、7月7日の夜。

それが七夕伝説ですね。

 

天の川とは?

銀河系と言われる、膨大な数の星の集まりがありますが、私たちのいる地球上から見ると、それが帯のように見えます。

その帯のような膨大な数の星の集まりを、天の川と呼んでいます。

 

なぜ織姫と彦星は一年に一度しか会えないの?

彦星はとても働き者の男で、織姫もまた機織りの上手な働き者の娘でした。

二人は結婚を認められ夫婦となりましたが、二人の生活が楽しすぎて織姫は機を織らなくなり、彦星も仕事をしなくなっていきました。

天帝(織姫の父)は二人の姿を見て怒り、天の川を挟んで東と西に引き離しましたが、織姫が悲しみに暮れる姿を見かねて、一年のうち一度だけ7月7日に会うことを許しました。

カササギの翼に乗って、天の川を渡ったそうです。

このカササギは天帝から仰せつかって、このお役目を果たしました。

 

乞巧奠(きっこうでん)

中国発祥の文化に乞巧奠(きっこうでん)があります。

7月7日に織姫星のご利益をいただいて、機織りや裁縫の上達をお祈りする風習から生まれたもので、針などを供えて上達を願って星に祈ります。

これが奈良時代に伝わり宮中行事となりました。

詩歌や裁縫の上達を星に願い梶の葉に和歌を記し、お祀りしていました。

梶の葉は墨ののりがよく、紙の原料としても使われていました。

 

なぜ七夕を “たなばた” と読むの?

お盆でご先祖さまの霊をお迎えするために、乙女たちが水辺の機屋(はたや)で機を織り、織った着物を棚にお供えし、豊作を祈ったり人々の穢れを祓いました。

この着物を織るための織り機は棚機(たなばた)と呼ばれていました。

七夕を “たなばた” と読むのも、棚機(たなばた)に由来しています。

七夕は旧暦では8月12日ごろにあたり、お盆を迎える準備として7月7日の夜にしていました。

また、笹竹は厄災を水に流すと言われていました。

 

七夕の歌

笹の葉 さらさら
のきばに揺れる
お星さま きらきら
金銀砂子(きんぎんすなご)

五色(ごしき)の短冊
私が書いた
お星さま きらきら
金銀砂子(きんぎんすなご)

 

【解説】
▪️のきば(軒端)…軒のはし、軒に近いところ。
「軒」というのは、屋根の一部で壁より外側の部分のこと。

▪️金銀砂子…襖絵や蒔絵などを装飾するために、金箔、銀箔を細かい粉にしたものです。
夜空に見える天の川を、たくさんの金箔・銀箔の粉に例えて歌っているのですね。

▪️五色
青、赤、黄色、白、黒で中国の陰陽五行説にちなんでいます。

青は木(もく)を、赤は火(か)を、黄色は土(ど)を、白は金(ごん)を、黒は水(すい)を表し、この5つがこの世のすべての源であると言われています。

 

短冊にはどんなお願い事をすればいいの?

今日の七夕のように短冊に願いを書いて笹に吊るすようになったのは、江戸時代からと言われています。

寺子屋で学ぶ子たちや手習い事をする人たちが、その上達を星に願うようになったそうです。

こうした技術などの上達や叶えたい夢などを願うのが、元々の願い事の意味だったのですね。

確かに世界や日本、家族、身の回りの平和や友愛、習い事や部活、習得したい技術の上達を願う短冊を多く見かけるような気がします。

でも幼い子が覚えたての字で、犬が欲しいとか、おもちゃが欲しいとか…書いているのも、それはそれで可愛らしいですね!

 

その他の七夕飾り

5つ紹介します。

 

折り鶴

長寿のシンボル。折り紙で折ります。

 

財布

金運上昇を願います。折り紙で折ります。

 

吹き流し

紙風船やくす玉に五色の紙テープを貼り付けます。魔除けの意味があります。織姫の織糸を表しています。

 

網飾り

豊年満作大漁の願いを込めます。魚を捕る網を表しています。

 

神衣(かみこ)

紙で作った人形を飾ります。裁縫が上達し、着るものに困らないと言われています。人形に災いを移す意味もあります。

 

七夕は7月7日の夜のためのお祭りです。翌日には外しましょう。

短冊は社寺に持っていくと、お焚き上げしてくれます。

 

七夕の行事食といえば?

そうめんですね!

そうめんを食べるようになったのは、中国伝来の料理が元になっています。

7月7日に亡くなった、帝の子が霊鬼神となって熱病を流行らせたのだそう。

そこで、その子が好きだった索餅(さくべい)を祀るようになったことから、

7月7日に索餅を食べると無病息災で過ごせるという伝説が、奈良時代に日本に伝わり、麦餅を作る風習と共に宮中行事に取り入れられ、一般にも広がりました。

✳︎索餅(さくべい)とは
縄のように編んだ、小麦粉のお菓子のようなものだそうです。

一般に広がった後、索餅はそうめんへと変わっていったようです。

天の川や機織りの糸に見立てて食べるようになりました。

暑さで食欲が落ちるので、夏にぴったりのそうめんを食べるのは無病息災を願う意味もあります。

 

天の川に見立てたそうめん

そうめんを天の川に見立てて、七夕らしい飾り付けをするのもいいですね。

きゅうりやにんじんを星形に切ってトッピングしたり、オクラは切り口が星形になるので、輪切りにして散らしたりすると、天の川を演出できますよ。

ハムや卵を使って織姫や彦星を飾るなど、色々と工夫が楽しめますね。

笹を飾るのも季節感が出ますね。

 

まとめ

七夕は古代中国から伝わるものと、日本古来のものが複雑に絡み合って生まれた行事なのですね。

子どもの頃は織姫と彦星の伝説しか知りませんでしたが、こうして見てみるとたくさんの由来があって面白いですね。

中国の索餅、どんな味がするのか興味が湧きますね。

今もあるのでしょうか?

七夕飾りもこんなに色々とあるんですね。

短冊は書いていましたが、その他の飾りはあまり印象がありませんでした。

こうして背景を知ってみると、今年の七夕の短冊に書く願い事はこれまでと少し変わりそうですね。

 

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